この前、スタッフの祥が生徒らと談笑している時に、こんなことを言っていました。
「『昔の自分はこれだけのことが出来た』とか言うのは嫌だね。大事なのは今だから」
私のように歳をとっている(50代)の者にとっては少しチクリと来る言葉。
確かに、今流行りの‘老害’ではないですが、「俺の若い頃は…」等とは言いたくないものです。
けれd、それなら歳を取ったりしたものは、それに抗うことなく、おとなしくしているしかないのだろうかという一種の反骨心が私の中に起きました。
確かにこれは所謂、年寄りの冷や水とかいうものなのかもしれません。
しかし、私の中には「なにくそ」という青臭い気持ちがまだあるのです。
それは嘲笑の対象にしかならなくとも。
ストレスに苛まれることが多い学校や社会の中で、いつしかこんな言葉がやたら歓迎されるようになりました。
「頑張らなくていいんだよ」
「そのままでいいんだよ」
「楽にやればいいんだよ」
・・・なんでもかんでも「いいんだよ」
これに抵抗を感じるのは私だけ?
確かに、自分を過剰に責めている人や心を患っている人には必要なのかもしれない。
けれど、実際のところ、怠け者の言い訳にされていないだろうか。
そして、本当は輝くことの出来る存在がダメにされてしまっている…。
私自身は自分に対して、今のままでいい、とか、頑張らなくてもいい、とか言う人間にはなりたくないですね。
自分はまだまだ出来る!
でも、それを生徒や他に人に言葉で強いるつもりはありません。
格好つければ、所謂、「男は自分の背中で」とありたいものです。
以前は出来ていたのに出来なくなってしまったこと。
それをそのままにしたくないですね。勿論、歳のせいにもしたくない。
まだまだ自分は向上できる。
数年前まで、ドラゴンフラッグが出来たんですよ。
(腹筋運動の一種なんですが、かなり上級です。映画『ROCKY IV』でそのシーンがありますけどね)。
思えば特にこの2年ほど、忙しさを理由に鍛えるのを怠っていました。
もう一度、ドラゴンフラッグが出来るように鍛え直しています。
ただの自己満足もありますが、大人自身が黙って自分を向上させる姿勢をもっていること。
それが何より生徒らを教えることになる。
休ませてやるのは、女性(母親)の役割。
男には子ども(生徒)に対して、他にしてやれることがある。
・・・それって、今の世の中に強く欠けている気がするのは私だけでしょうか。
私は今のままでは嫌だ。
もっと自分を磨きたい。
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